東京高等裁判所 昭和49年(う)1861号 判決 1974年10月23日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中三〇日を原審の言い渡した刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、被告人及び弁護人佐藤義弥の各提出した控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これらを引用し、当裁判所は、これに対し次のとおり判断する。
弁護人の控訴趣意第一点について
所論は要するに、原判決は、被告人が大森四郎所有の現金を窃取した旨判示したけれども、被告人は銀行の係員の手から現金を任意交付されており、大森四郎の手中からこれを奪取した事実はないのであるから、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認があり、ひいては法令適用の誤りがあるというのである。
しかし、原判決挙示の証拠によれば、被告人は老人(大森四郎)が生活扶助金を受取りに銀行に行くのを見て、これについて行き、同人がその普通預金口座に振り込まれた生活扶助金の払戻手続をするそばにいて、銀行の預金係の呼出に応じて逸早く預金係のところへ行き、引換票の提示を求められるや老人を手で招き、同人の差し出す引換票と引き換えに右預金係が生活扶助金三万四三七〇円をカウンターの上に差出すや、素早くこれを受取り銀行の外に出てしまったことが認められ、なるほど銀行の預金係は被告人を老人の代りに金を受取りに来たものと誤信してこれを差出し、被告人は老人の附添いのように装い、これを受取ったことが窺われるが、右のように銀行において係員から本人が払戻請求をした金を本人の目の前で本人の代りに受取るように装い受取ったとしても、直ちに人を欺罔し任意の交付を受けて財物を騙取したとはいえず、右金の占有は、なお銀行にあり、いまだその占有は被告人に移転していないと認めるのが相当であり、而して被告人が銀行あるいは本人の承諾を得ないでこれを持ったまま銀行の外に出てしまったことによりはじめてその金を自己の事実上の支配に移し、従ってこれに対する銀行の占有を侵奪したものと解するのを相当とする。それ故、原判決が被告人の所為を以て窃盗罪に問擬したのは正当であってこれを以て所論のように詐欺罪であるというのは当らないから、論旨は理由がない。
弁護人の控訴趣意第二点及び被告人の控訴趣意について
所論はいずれも、被告人を懲役八月に処した原判決の量刑が不当に重いというのである。
そこで記録を調査し、当審における事実取調の結果を参酌して検討すると、被告人は銀行に生活扶助金を受取りに行く老人からその金を奪おうと考えてついて行き、老人の附添いのようなふりをして老人の目の前で銀行員からその金を受取り、これを持って表へ出てしまい、必死に追いすがる老人に預金通帳と一万円を渡して逃げてしまったものであって、頼りのない貧しい老人の大事な生活扶助金を奪ったものであること、残りの金のうち一万円を同行していた仲間にやり、その余を自己の飲食に使ってしまったこと、被告人はその仲間と共謀のうえ金を奪った旨いうけれども、証拠上これを措信し難く、本件は被告人の単独の犯行と認められること、被告人は昭和四五年一二月八日墨田簡易裁判所において窃盗罪により懲役一年三年間刑の執行猶予の判決言渡を受け、同四七年九月一九日右執行猶予の言渡を取消され、(二)同年七月一三日同簡易裁判所において窃盗罪により懲役八月に処せられており、本件事犯は右(二)の罪と再犯の関係にあることなど諸般の情状を考え合わせると被告人の刑責は重いものがあり、原判決が被告人に懲役八月を科したのはやむをえないところであり、被告人が当時ウイスキーを飲んでいてある程度酔っていたこと、奪った金の一部を被害者に返していることその他所論指摘の被告人に有利な情状を斟酌しても原判決の量刑が不当に重いということはできない。論旨は理由がない。
よって、刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数中三〇日を刑法第二一条により原審の言い渡した刑に算入し、当審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉川由己夫 裁判官 瀬下貞吉 竹田央)